心身を蝕むファーストフードの食害
世界一長寿国の記録をただいま更新中!
平成16年7月16日に厚生労働省が発表した平成15年簡易生命表によれば、日本人の平均寿命は女性85.33歳、男性78.36歳となり、世界一の長寿国記録をさらに更新しています。
65歳以上の高齢者人口は2484万人(国民の5人にl人、10年後には4人に1人が65歳以上になると予想される)、100歳以上の長寿者は約2万3000人(最高齢者は福岡県の小山うらさん、114歳)を数えています。
簡易生命表とは、基準となる年の死亡状況が今後変化しないと仮定したときに、各年齢の該当者が平均的に見て今後何年生きられるかという期待値(平均余命)を表したもので、とくに0歳児の平均余命を平均寿命といいます。
戦後間もない昭和22(1947)年の平均寿命は、女性53.96歳、男性50.06歳であり、かつて織田信長が「人生50年、下天の内をくらぶれば夢幻のごとくなり」と謡った「人生50年」からのスタートでした。
その後、昭和35(1960)年には女性が70.19歳、昭和50(1975)年には男性が70.17歳まで延び、さらに昭和60(1985)年に女性が80.18歳を超えるなど、いよいよ80歳代の長寿社会への幕開けとなったのです。
明治生まれの老父母が、わが子を看とる
世界の三大長寿村といえば、中央アジアのコーカサス地方、南米エクアドルのビルカパンパ、パキスタンのフンザが有名ですが、
日本では東北大学の近藤正二博士が戦前の昭和10年代に、国内990箇所の町村を訪ね歩き、70歳以上の長寿者が多い村と少ない村に分けて、それぞれの共通性をつぶさに調査したことが知られています。
近藤博士が長寿村と認めた村のひとつに、山梨県(現在は北都留郡上野原町)の棡原という東京都と神奈川県に境を接する小さな集落がありました。
毎年、棡原の巡回検診を行っていた古守医院・占守豊院長は、昔から長寿村として名高いこの棡原地区では、70歳、80歳の高齢者が元気に働いているのに、40歳、50歳の壮年世代が病気で次々に倒れるという現実を目の当たりにしました。
はじめは大正生まれの中年世代が、やがて昭和一ケタ世代が成人病で急死したり、からだの不自由な生活を送るようになったのです。
明治生まれの老父母が働き盛りのわが子を看とるこの逆縁現象を、地元では「逆仏」と呼ぶようになりました。
ほろびゆく長寿村で何が起こったのか
明治生まれの長寿者たちは、主食にムギ、アワ、ヒエ、マメの穀類やイモを食べ、副食には季節の野菜や山菜など、いわゆる「粗食」をとって暮らしてきました。
同地区はJR中央線上野原駅から十数キロメートル離れた、平坦な土地の少ない急峻な山深い場所にあり、どこに出るのも交通の便が悪かったことから、長い間、ほとんど自給自足に近い生活を続けてきました。
そのため、肉や牛乳、乳製品を口にする機会は少なかったようです。
そのような「粗食」と見える食事をとりながら、この棡原地区の女性たちは多産で、母乳の出ない人はいなかったということです。
戦後の復興期を経て、駅からのバス路線が開通し、人々はマイカーでどこへでも出かけられるようになり、近くにコンビニができるようになると、棡原を取り巻く時代環境は大きく変わって、食べ物も白米かパン、肉、乳製品、鶏卵などが食卓に並ぶような「豊かな食生活」となりました。
ところが、「豊かな食生活」で育った(大正時代後期〜昭和一ケタ)世代に成人病が多発し、いつまでも達者な明治生まれの老父母が、中年のわが子に先立たれるという悲劇が起こってきたのです。
「豊かな食生活」にひそんでいた落とし穴
戦後の日本は、食糧難で満足な食事がとれなかった子どもたちの体位向上が課題とされ、それまでの「ごはん(白米)、みそ汁、漬け物」に代表される日本型「貧しい食生活」から、急速に「パンと牛乳、生野菜サラダ」をお手本にした欧米型の「豊かな食生活」へと大きな転換期を迎えました。
ちょうどそのころ、小麦に含まれるビタミンB1が頭をよくすると主張した慶應義塾大学医学部の林敲教授が、昭和35(1960)年に出版され、ベストセラーになった著書『頭のよくなる本』の中で、「米を食べるとバカになる」「せめて子どもの主食だけはパンにした方がよい」なる珍説を披露したことから、家庭の食事からいっせいに「ごはん(米飯)とみそ汁」離れが始まりました。
その当時、新聞社などが中心になって全国から「健康」な小学6年生を募集し、昭和53(1978)年まで健康優良児コンクールが行われていました。
審査の対象とされる「健康」の基準は、体格のよさ(身長と体重の大きな子ども)と虫歯のない児童でした。
少々肥満ぎみであっても、何はさておき、「大きいことはいいことだ」が最優先されていた時代だったのです。
成人した健康優良児の追跡調査がない
残念なことに、
この「健康優良児」たちがその後もずっと「健康優良人」であり続けたのかどうか、
あるいは過度の肥満におちいったり、糖尿病や心臓病への催患率が一般人よりも高くなっている可能性はないのか、
肝心の「健康優良児」追跡調査は全くなされていないようなのです。
ところで、これら「豊かな食生活」への先導役を務めたのが、戦後間もなく始まった学校給食であり、昭和30年代から官民挙げて推進された栄養改善普及運動でした。
なかでも、学校給食は日本型「貧しい食生活」を欧米型の「豊かな食生活」に変革する「生きた教材」として重要な役目を果たしました。
そもそもわが国では明治22(1889)年、山形県鶴岡町私立忠愛小学校で貧困児童を対象に昼食を与えたのが、学校給食の始まりといわれています。
ちなみに、当時の給食は「おにぎり、焼き魚、漬け物」の献立だったということです。
パンと牛乳にこだわる戦後の学校給食
昭和22(1947)〜25(1950)年にかけて、アメリカから無償で与えられた脱脂粉乳や小麦粉でスタートした学校給食は、もともとは欠食児童の救済対策から始まったものでしたが、
昭和29(1954)年の「学校給食法」成立以降は、「食事についての正しい理解や望ましい習慣をはぐくむと同時に、学校生活を豊かにし、明るい社交性を養う」という食事(栄養)教育の一環として位置づけられました。
ごはん(白米)はデンプン(炭水化物)だけだが、パン(小麦粉)にはビタミンB1が豊富であり、牛乳には骨を作るカルシウムが含まれていると教えられました。
戦後の一時期には「食(量)を補う」という役目をになった学校給食でしたが、飽食の時代になった現在でも「パンと牛乳」にこだわり続けているようです。
最近では、農林水産省が米の消費拡大を目的に学校給食への「米粉パン」の導入を進めており、専門家の間からはなぜごはんのまま(米飯給食)ではいけないのかと、その導入政策自体を疑問視する声が上がっています。
ファーストフード化した日本人の食生活
「欧米(の体格)に追いつき、追い越せ」を目標に始まった栄養改善普及運動は、ごはんとみそ汁、漬け物という「貧しい食生活」から一日でも早く脱け出し、パンや牛乳(乳製品)、肉、卵など欧米型の「豊かな食生活」を手に入れようというものでした。
東京オリンピックが昭和39(1964)年に開催されましたが、そのモットーは「より早く、より高く、より強く」という欧米スタイルの身体能力を競うものでした。
昭和38(1963)年には「タンパク質が足りないよ」、昭和42(1967)年には「大きいことはいいことだ」などのCMが流されました。
戦後の栄養教育に一貫して流れる思想は、およそ次の3つの指導方針に集約されています。
- 栄養のバランス(カロリー計算、各種栄養素をまんべんなく)をとりなさい。
- 1日の食事(3食)のうちに、合計で30品目以上をとりなさい。
- ごはん(米飯)は残してもいいから、おかずだけは全部食べなさい。
その結果、コメを食べなくなった日本人、食生活が欧米化した日本人、栄養素にこだわりすぎる日本人が量産されました。
そして、当初はじっくり時間をかけて調理し、ゆっくり食べるヨーロッパ流の食生活をめざしたものの、実際には手軽に調理してすぐに食べられるアメリカ流が受け入れられるようになり、日本人の食生活はあっという間にファーストフード化してしまったのです。
自然条件が農業を決め、主食を決める
パン、ケーキ、ラーメン、スパゲッティ、ピザなど、バターや調理油(油脂)と相性がよいカタカナ食品は、ほとんどが輸入小麦粉です。
ケーキや菓子パンなどには砂糖もたっぷり使われています。
一緒に甘いジュースなども飲みたくなります。
それに対して、国産の小麦粉は、うどん、まんじゅう、おやきなど、ひらがな食品に使われる、水が好きな重たい感じの小麦粉です。
ベストセラー『粗食のすすめ』を著した幕内秀夫氏(管理栄養士)は、
「輸入小麦が増えれば必然的に油や砂糖の消費量が増え、乳製品や食肉加工品も増える。
日本で食の欧米化が進んだのは、食肉の需要が拡大したからではなく、何よりも輸入小麦の増加によるものだ」
と鋭く指摘しています。
「健康の秘訣は「粗食」であり、米こそ「粗食」を支える原動力である」とする幕内氏は、日本に古くから受け継がれてきた「米(ごはん)を主食にする」知恵の背景にあったのは、日本の自然条件が農業を決め、農業(稲作)が「主食」を決めるということだとも述べています。
つまり、日本でいちばんたくさんとれたのが小麦ではなく米だったから、主食のごはんを中心とする食生活が成立し、また醤油やみそなどの発酵食品にしても、健康によいからわざわざ作ったわけではなく、食べ物が発酵しやすい日本特有の気候条件によるものだというのです。
日本人には、ごはん中心の食べ方が合う
積極的に「ごはん食」を勧める筑波大学の鈴木正成教授は、その利点を次のように述べています。
(1)ごはんはどんなおかずにも相性がよい……ごはん(白米)は味がついておらず、魚の煮付け、刺身など和風おかずだけでなく、ハンバーグ、ビフテキなどの洋風おかずでも「口中調味」が楽しめる。
しかし、パンは肉料理、乳製品など油っぽい洋風おかずにかたよりやすい。
�Aごはんはバランスのとれた栄養成分……エネルギーに変わりやすい糖質(炭水化物)と、人間の体内では合成できない9種類の必須アミノ酸をバランスよく含んでいる。
パン(小麦)にはリジン(必須アミノ酸のひとつ)が不足している。
�Bごはんは肥満、糖尿病を予防する……ごはんはそしゃくが必要な粒食なので、腸管での消化・吸収の速度がゆるやかで、インスリンの分泌を過度に刺激せず、血糖値の上昇が少ないので、太りにくく、糖尿病の予防効果が期待される。
かつて「米を食べるとバカになる」とまでいわれたごはんですが、日本の風土(自然条件に合った農業)に育まれたフード(FOOD)として、いま改めて注目されるようになったのです。
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